【歯科医師執筆】入れ歯だと味がしない理由|そのメカニズムと改善策

入れ歯だと味がしないのサムネイル
遠藤眞次
この記事の執筆者
歯科医師兼歯科専門ライター。東京都池袋の「グランドメゾンデンタルクリニック」で診療しています。

私たちが食べ物や飲み物の「味」を感じるのは、主に舌に存在する味蕾(みらい)という小さな器官のおかげです。しかし、入れ歯を装着した際に味がしない、あるいは薄く感じるといった声を耳にすることがあります。一体なぜ、このようなことが起こるのでしょうか?

この記事では、味を感じるメカニズムから、入れ歯が味覚に与える影響について詳しく解説します。そして、入れ歯使用による味覚の変化を改善するための具体的な対策や選択肢についてもお伝えします。

目次

味を感じるメカニズム

味とは、唾液や飲食物中の水分に溶け出した化学物質を感じることにより生じます。基本的な味覚には甘味、酸味、塩味、苦味、うま味があり、それぞれ異なる受容体が対応する化学物質を感知します。このメカニズムによって、私たちは食物の特徴や安全性を判断することができます。

味はどのように感じるか

味を感じる主なステップは、舌にある味蕾が役割を果たします。食事中、食品内の成分が口中で唾液に溶け、味蕾の受容体に届きます。

舌の味蕾
舌の上にある乳頭(ブツブツの部分)に味蕾が存在する

舌の表面にある味蕾が味物質と結合し、その信号を脳に送ることで味覚を感じます。味物質により生じた信号は、温度や触覚、嗅覚、経験などと統合され、私たちが「○○な味がする」といった、最終的な味覚を形成します

味蕾の組織像
乳頭を拡大した組織像を見てみると、一つの乳頭に多数の味蕾が存在する(矢頭)

味を感じる味蕾の分布

味蕾は、主に舌に分布しています。加えて、口蓋、喉頭蓋、喉頭、咽頭にも少数の味蕾が存在します。味を感じているのは舌だけではないのです。

上顎の総入れ歯では、一般的に口蓋を覆うため、口蓋の味蕾が味を感じることを阻害する可能性が考えられます。

入れ歯を装着すると味がしないと感じる理由

入れ歯を装着すると味が感じにくくなる理由は、いくつか考えられます。現時点では、入れ歯が確実に味覚に影響をおよぼしているとする根拠はありません。一方で、入れ歯が味覚に影響するという報告もあります。

入れ歯が味覚に影響をおよぼすかについては、まだ確実なことはわかっていません。

Evaluation of the effect of upper complete denture on gustatory and olfactory senses

ジルコニア口蓋板の装着感と味覚閾値への影響

口蓋を覆うことによる影響

上顎の総入れ歯の多くは上顎の口蓋部分を覆う構造になっており、この構造が味覚障害の原因となる可能性が示唆されています。

口蓋には少量の味蕾が存在するため、入れ歯によって口蓋部への味物質の到達が遮断されると、味がしなくなる可能性があります。

しかしこの原因は上顎の総入れ歯の場合のみです。部分入れ歯や、下顎の総入れ歯では口蓋を広く覆うことはないため、口蓋の味蕾への影響はないと考えられます。

総入れ歯と部分入れ歯
上顎の総入れ歯は大きい(画像左下)

義歯による口蓋の被覆がヒトの脳内味覚応答に及ぼす影響

Taste thresholds in patients with dentures

入れ歯の違和感による影響

入れ歯自体が異物感を引き起こすことで、心理的な影響により味覚が低下することがあるとされています。特に新しい入れ歯に慣れていない間は、食事体験全体がストレスとなり、それが味の感覚を感じにくくさせる要因となります。

金属床義歯を対象とした研究において、 患者さんが義歯に慣れるまでの日数は1か月以内が約67%、2〜3カ月が約23%で、大多数の患者さんが3か月以内には入れ歯に慣れるとするデータがあります。

金属床義歯装着患者の予後に関する

入れ歯使用によって味がしないと感じるときの対策

入れ歯による味覚障害を改善するための方法はいくつかあります。入れ歯の調整やデザインの変更、入れ歯以外の選択などによって、味を感じる能力を改善できることがあります。

入れ歯に慣れる時間を設ける

新しい入れ歯を装着した場合、まずは慣れるための時間が必要です。最初は違和感を覚えるかもしれませんが、日常的に使用することで徐々に装着感にも、味に関する感覚にも適応していきます。

ある研究では、入れ歯装着から2 週間経過すると、入れ歯装着前と同程度に味覚が改善することが示されています。

まずは入れ歯に慣れることが重要です。

実験用口蓋床が味覚閾値に及ぼす影響

入れ歯を調整する

入れ歯が適切にフィットしていない場合、入れ歯治療を専門にする歯科医師に入れ歯の調整をお願いしましょう。入れ歯がきつすぎたりゆるすぎたりすると、食事のたびにストレスがかかってしまい、味覚に悪影響を与える可能性があります。

ストレスが味覚に与える影響については多くの研究がなされています。まずは、ストレスフリーに食事をとれるような入れ歯を製作してもらうことが重要でしょう。

入れ歯の調整
義歯の調整には専門的な知識が必要

薄い入れ歯に変更する

入れ歯を薄いデザインに変更することで、味覚への悪影響が改善されるとされるデータがあります。特に、口蓋部分が薄くデザインされた入れ歯は、より自然な感覚を得られることが多いです。

保険治療の上顎総入れ歯では、口蓋部はレジン製で厚くなってしまいます。金属床義歯を選択することで、口蓋部の入れ歯の厚みを薄くすることが可能です。

実験用口蓋床の厚さと材質が味覚閾値に及ぼす影響

入れ歯以外の治療法に変更する

上顎総入れ歯では、口蓋を覆うことは基本的には避けられません。また、入れ歯を安定させることが難しい口腔内が存在することも事実です。

より省スペースで、安定感を持たせるのであれば、インプラント治療も選択肢となります。入れ歯と違い、自費治療になる場合がほとんどですので、治療費と快適さをてんびんにかけて検討すると良いでしょう。

口蓋を覆わない総入れ歯
口蓋部(点線)を覆わないインプラントオーバーデンチャー

まとめ

入れ歯を使用することで「味がしない」と感じる理由は、味蕾が存在する口蓋を覆うことによる物理的な影響や、入れ歯の違和感に起因するものが考えられます。この問題に対処するためには、まず入れ歯に慣れる時間を設け、違和感を軽減することが重要です。調整を行うことでフィット感を改善し、次第に味の感覚が戻ることがあります。改善が見られない場合は、入れ歯以外の治療法を検討することも選択肢の一つです。

Q&A

「入れ歯だと味がしない」ことに関連する質問を集めました。

入れ歯で味がしない原因はなんですか?

現時点では、入れ歯が確実に味覚に影響をおよぼしているとする確実な根拠はありません。原因と考えられるものとしては二点あります。まず味蕾が存在する上顎の口蓋を覆ってしまうこと、次に入れ歯の違和感による味覚の変化です。

入れ歯だと食べ物がおいしくないのはなぜですか?

入れ歯が味覚に影響を与えている可能性が示唆されています。また、食べ物をかむ時の感覚(歯触り)や、食べ物のかみやすさが悪化することも原因として考えられるでしょう。

入れ歯でおいしく食べる方法はありますか?

二つの側面からアプローチが考えられます。一つ目は、入れ歯に慣れ、快適に使用できるように専門の歯科医師による入れ歯調整を受けることです。二つ目は、食べ物を細かく刻んだり、食材を軟らかく調理することです。

入れ歯は何日で慣れますか?

ある研究では、患者さんが義歯に慣れるまでの日数が示されています。その研究では1か月以内が患者さんの約67が入れ歯に慣れ、多くの患者さんは3か月以内に入れ歯に慣れるとしています。

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